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熊本市中心市街地に生まれ、育ち、そして現在も同じ場所で仕事が出来る幸せを
今の見慣れた景色や人のぬくもりで感じています。
しかし街の再開発事業に当たり、推進エリアに指定されたことから
新しい通り名も誕生し、どんどん変貌しているのも事実です。
そんな私の街は、商店街としては古い歴史があり、明治時代の西南戦争で
町が全焼した後、商店が並び出したそうです。
そして明治から昭和にかけては、名門進学公立高校が次々に移転して来て
その頃は文具店や書籍店が多くあり、学生の街としても栄えました。
私が幼い頃は熊本の新聞社があり、創業300年〜50年を超えるお店は朝鮮飴店、洋服店、時計・眼鏡・宝飾店、呉服店、楽器店、和菓子屋、全国版になったお饅頭店等‥。
幼稚園や小・中学校や病院も近辺に繋がってありました。
そして家電店や映画館や写真館、薬局、お風呂屋、パチンコ店〜(^_-)-☆
日常の生活に必要な精肉・鮮魚・八百屋・果物店(私の実家)やスーパーマーケットの小型店(日用品もろもろ)、ケーキ屋、喫茶店・ダンスホール、飲食店等‥豊富なこの通りでは何にも困る事はなかったのです。
そんな住み良かった街も、時代と共に懐かしさだけを残して
新しく生まれ変わっています。
だからちょっと考えます。
年老いたら・・・次の世代に任せる勇気を、
何時どんなタイミングで伝えたらいいのだろう‥と。
「心配せんでも、ちゃんと守られているよ☆」 と何処かに感じながら
少しづつ、少しづつ準備の為の毎日を歩いています。
きっとこの街の歴史も進化し続けることが必要で・・・解っているのに感傷に浸るのは、古い足跡が消えてしまうと、当然忘れ去られる現実を
本当に寂しく思い、悲しく思うから‥‥‥。
それは〜誰でも見慣れたはずだったお店が新しいお店に変った時
「え〜!前はどんなお店だったかな〜?」と思うことあるでしょう?
昔の息づく思い出の中は、亡き祖父母達や父、そして今は静かに暮す母の
若いエネルギーの鼓動と共にあり、私の瞼に甦ります。
果物店だったこの場所には、いつも甘い薫りが漂い、人と人との触れ合いの場所で、笑い声がいっぱい溢れていたこと!
夫と一緒にこの場所で働くようになって20年。
まだまだ頑張りますが、そろそろふたりの時間を大切にしたいなあ〜
とも思っています。
移りゆく街の景色と同じく、ここを守って生きてきた私達の人生を、
遠い将来誰かが思い出してくれたら‥嬉しいなあ♪
気力と体力が続く限り、懐かしくて新しいこの街に、
心からの親しみと尊敬の想いを込めて、私達なりに頑張りたいと思います!!
2012年4月26日
楢橋栄子
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